「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人 (光文社新書)

価格比較ネット
最安値の価格比較ネット
お探しの商品の最安値を、安全性の高い国内大手の各ショッピングモールから網羅的に検索できるサービスです。
 ■「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人 (光文社新書)

「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人 (光文社新書)
光文社

「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人 (光文社新書)の最安値
>>当商品の最安値チェック


当商品の発売日:

2005-04-15


カスタマーレビュー:

購入者の平均評価: stars-5.gif

後半グダグダ 評価: stars-5.gif
法律家にとってはおそらく当然なのだろうが、本書では、日本法への西欧法の影響が非常に明快に示されている。普通の人には、おそらく江戸時代までの日本固有の法制度は文明開化で西欧流の法制度にとって変わられただろうと大体は推測がつく。しかし、その西欧法の中身が、フランス法→イギリス法→ドイツ法→アメリカ法へと変遷していった、という話は必ずしもそうではない。筆者の説明は非常に分かりやすいし、穂積陳重の写真やら法廷の配置図やらで西欧法の影響を具体的に視覚的に提示する筆者独自の視点も興味深い。けれども、そもそもなぜ比較法やら法文化論が必要なのか、これを説明する後半部分になると、前半の専門家以外に親切な説明が打って変わって、不明確になる。日本法は西欧法と比べて独自のものか、遅れたものか、という問題設定につき、これまでの議論が解説された後、結局、法文化とは、世界解釈の問題なのだ、自らの姿を映し出す内面的な鏡なのだ、あるいは、自己変革や社会変革の主体的な営みを促すものなのだ、と言う。しかしこれでは、法文化論なるものは、西欧法を模範として選択すべし、という結論が先どられた議論だ、ということになるのではないか。筆者の言う法文化論は西欧法の価値体系の神学ではないか、法科大学院やら裁判員制度やらの護教論ではないか、こうした素人的な疑問に大しては、この書物は必ずしも親切ではない。

末弘厳太郎著『役人学三則』へのアンサー 評価: stars-5.gif
 本書を、末弘 厳太郎著『役人学三則』へのアンサー本として読まれることをお勧めする。
 今に至るも現代日本に存在する「赤ひげ信仰」と「大岡政談信仰」、この二つの超え難きものが、市民が自立することを拒んでいる。
 本書は、明治時代に私たちの祖先がどんな姿形で、何に追われて法律を導入し、法律専門家を養成したか、そこに存在した人間を描き、「大岡裁き」との対比の中で法律理解への導入路を成している。
 私たちが関心を示そうが示すまいが、司法制度改革という「くじ引き」が貴方に降り注ぐ日が近づいている。
 法律と法律専門家を無闇に敬遠する必要も無く、ましてや崇拝する必要も無く、利用することも可な知識であり専門職の一種として理解する上で手ごろ且つ必要な一冊と思います。

謙虚に、そして前向きに法と日本人を語った好著 評価: stars-5.gif
 序章にある「すべて人間は、特定の時空の中に産み込まれ、その時空の網目にがんじがらめになった存在であり、人間の価値観はその時空を形成している歴史や文化に圧倒的に制約される。」(p.15)という考えの下、一人の法学者を語るように見せかけて、法律とは何か、日本人とは何か、両者を互いに鏡としながら今までの定説を覆しつつ語っていきます。

 どっかの書評でも褒めてましたが、裁判所(お白洲)のレイアウトや一学者の肖像の変遷を柱に話を組み立てて行くのも新鮮です。

 失敗なのは書名で、『「大岡裁き」の法意識』より、副題「西洋法と日本人」の方が内容に合致してますが、こちらではインパクトに欠ける以上、しょうがないんでしょう。

 とまれ、タイトルは残念ですが古典的な意味での「新書」の系譜に位置する著作です。10年後、どう評価されているか楽しみな本です。


「西洋法と日本人 〜『大岡裁き』からLED裁判まで〜」 評価: stars-5.gif
〜「裁判員」制度の導入はじめ、今行われている司法改革を契機に「法」「裁判」についての日本人の意識を西洋と比較しながら論じたものです。
「西洋法と日本人」というサブタイトルのとおり、西洋法を読み解き日本に移植して行った経緯を、とりまく人間の人物像を明確にすることにより、複眼的に読み解いてくれます。特に維新時に活躍した人物たちの優秀さに〜〜は驚きます。
その一方、「大岡裁き」という今でも好ましい裁判、法制度というイメージを持つことと、西洋法を対比しながら、日本人の法律、権利への意識の特殊性を読み解いて行きます。さまざまな立場の意見を紹介しながら、筆者の主張を展開していく点においては、比較法学らしくフェアな印象を持ちます。
写真や図も多く、単なる法律の本ではなく、読み〜〜やすいのですが、また筆者の論点の作り方も賛成するのですが、「大岡裁き」がある種イメージ的に挿話されているきらいが強く感じます。その点については少々フェアじゃない感じがしました。
「西洋法と日本人 〜『大岡裁き』からLED裁判まで〜」くらいのタイトルの方が内容には即しているように思います。〜

明治来の歩みを知り、第三の改革期にある日本の法を考えるのに好適 評価: stars-5.gif
 本書ではまず、明治期に於ける西洋法継受に大功のあった「穂積陳重の外見の変遷と日本法の歩み」から始まる。一人の法学者の外見の変遷を写真で紹介しながら、その時々の西洋法継受精神・方針・国策とを重ねて検証して見せる導入部にまず引き込まれる。
 維新の志士たちが新しい日本国家建設の為に理想をもって身を投げ出したのと同じく、明治期に穂積らの法学者たちは西洋法継受により近代国家としての体裁を整えて「不平等条約改正」という大目的を果たそうとした。そのために仏、英、独、米からよりよい法体系を導入しようとしたその努力たるや、まさに維新の志士に比肩しうる情熱があった。その間、ボアソナード、ロエスラー、ブスケ、テリー、ルードルフ他多くの助っ人外人も陸続と来日し、彼らの指導や法案起草も日本における法学教育、法律の体系的構築に大いに寄与した。外人から新知識を吸収する日本の知識人も凄ければ、遠く極東の地に来た外人たちも凄い。
 さて現代の、法科大学院の創設と裁判員制度の導入とを柱とする司法制度改革は明治期、戦後に続く第三の大改革だという。ともすれば「三方一両損」の大岡裁きを賞賛し、裁判に持ち込むことを恥じる風潮のある日本で、西洋法をベースにした現行法体系を活かしながら真の法治主義を根付かせることができるのか?構造改革で「自己責任」が喧しく叫ばれるが、そのコインの裏側は自己功績でもあり、責任にせよ功績にせよそれが個人に帰属するという私的自治の原則が西洋法の精髄ならば、西洋的法の精神が元々組込まれている日本の現行法を時代に合った形でReviveさせることは大いに意義あることではないか?
 そう考えると、司法制度改革だって他人事ではない。何せ自分が生きる社会の枠組みを決めることなのだから。法学入門として良し、そうじゃない方にも気軽に手にとってもらい、日本の将来を考えるよすがにして頂きたい本。

関連商品カテゴリー

ジャンル別社会・政治法律法学

ジャンル別社会・政治法律法制史

ジャンル別社会・政治法律暮らしの法律法律入門

ジャンル別社会・政治社会・政治 全般

ジャンル別新書・文庫政治・社会法律

ジャンル別新書・文庫政治・社会政治・社会 全般

ジャンル別新書・文庫出版社別か行光文社光文社新書

By Publishers光文社

RefinementsBrowse RefinementsFormat (binding)ペーパーバック