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地雷の村で「寺子屋」づくり―カンボジアひとりNGO・栗本英世の挑戦 (愛と希望のノンフィクション) PHP研究所 >>当商品の最安値チェック 当商品の発売日: 2003-11 |
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| 情報を過信するなかれ 評価: |
| 一人での活動は限られており、決してOrganizationと呼ばれるべきではない。色々なトラブルから、組織から受け入れられず、結果として一匹狼となり、色々な優位性(経済面、技術面)の点で暮らしやすいカンボジアに流れ着くような場合がある。流れ着いたカンボジアでも、麻薬や児童買春におぼれたり、強姦事件を起こし官憲に追われタイ国境を越え逃亡したと報道されるNGO関係者もある。 本書で紹介されている一人NGO(自己矛盾をはらむ表現である)が、上記のケースにあてはまらないことを願うが、一般に一人での国際協力は、資金面や専門技術の点で本当に効果のある活動は困難であり、住民に迎合されるだけの皮相なものになりがちである。 よく日本の報道では、カンボジア人のアキラ氏が経営する地雷博物館が取り上げられ、彼が個人的に行なう地雷除去活動が賞賛されているが、彼の場合も当初はCMACと呼ばれるカンボジアの地雷除去団体に所属していたが、何らかの理由で辞めてから、個人的に地雷除去活動を行なうようになった。確かに勇敢なことではあるが、彼が個人的に行なう地雷除去では、無数にある地雷埋設場所の中から何故その場所の除去を行なったかが明瞭でないだけではなく、除去品質について(どの範囲についてどの程度の地雷除去が行なったか)の保証もない。緊急避難的な地雷除去としては、それなりに評価はできるものの、その近辺にある地雷がすべて除去されたかは保証されず、事故が起こった場合の責任の所在も不明である。決して組織的地雷除去と同様の品質や効果は得られない。 この例で見られるよう、個人でのNGOや政府機関と同様の活動を行なう場合について、(1)長期的な目的や到達目標をもって活動が行なわれているか、(2)活動について正しい評価が行なわれ、その結果持続性のある効果があがっていると評価されるか、(3)個人で活動をする必要性があるのか、(4)その活動が地域や住民のためよりは単なる自己満足や生計を立てるためになっていないか、などより厳しい視点でみることも必要であろう。 書籍やマスコミの情報は参考までに、「個人プレー」の価値について、ご自分でもう一度再評価することをおすすめする。 |
| ゆっくりボツボツ 評価: |
| ボランティアとは何であるのか、どう関わるのかを模索していた時に栗本氏と出会い、著書とも出会うことが出来ました。 初心に帰り読みふけるにつれ、栗本氏の自然体での生き方を感じ、共鳴させられていく自分が不思議でなりません。 著者の今関さんが疑問に思われた事柄を読むと、自分が感じた疑問が不思議と共通してしまいます。 オカとはチャンスとあります。現地の方々が栗本氏に会うことをチャンスをつかめるのだと信じ、オカさんと呼ぶようになったのだと思えてならない。不思議な魅力をもたれる方を著者は分かりよい表現で書き下されており、小学生でも理解できるのではと感心しました。 |
本>ジャンル別>社会・政治>NGO・NPO>
本>ジャンル別>教育・学参・受験>教育学>教育史>
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本>ジャンル別>文学・評論>文学・評論 全般>
本>By Publishers>PHP研究所>
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