■小説・秒速5センチメートル (ダ・ヴィンチブックス)
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小説・秒速5センチメートル (ダ・ヴィンチブックス) メディアファクトリー >>当商品の最安値チェック 当商品の発売日: 2007-11-14 |
カスタマーレビュー:
購入者の平均評価:
| 小説版を読んで初めて判る事実に注目!明里からの貴樹に渡すことが出来なかった手紙には「彼女の覚悟」が書いてあった! 評価: |
| 小説版・「秒速5センチメートル」。 結末は同じだが、アニメでは不明であった場面の意味が判るという意味では、「相互に補完」が上手く為されている。(だから、アニメ観た後に必ず読む必要アリ!) 所々に「追加説明」アリ。 第1章「桜花抄」において度々登場した空を翔るアカゲラは ・「貴樹の夢の中の空を飛んででも明里の元へ駆け付けたい」という願望の投影であったり(アニメでは眼下に鉄道やら河やらで地図が隔てられているが、アカゲラはそれらを簡単に飛び越えてしまっている。) ・明里が貴樹に会いに行くことを「彼女の母親はどう考えていたのか?」とかである。 (↑明里のお母さん、娘の恋の応援するのでしたら、もっと貴樹の母親と親しくしておくとかして下さいよ!) 注目はやはり最後の明里が雪の一夜に貴樹に手渡すことが出来なかった手紙の内容。 「桜花抄」において小学生の明里は猫を撫でながら 「独りは寂しいよね」と呟いています。 幼い頃から転校続きの彼女は「独りの辛さ・寂しさ」をよく知っていた・・・。 また貴樹は明里と文通するようになってから 「手紙から想像する明里はなぜかいつも独りだった」 と言っています。 つまり上記から察するに・・・明里には貴樹以外には友達もいなかったと思われます。 それは「転校続き」ということに加え、「内向的な性格」にも原因があったことでしょう。 (さらに東京に来てからは、貴樹が明里を独占していたというのもある。) 東京でようやく出来た人生最初の親しい友達が貴樹で、しかもその友達は 「自分を独占してくれて(明里のことを常に守ってくれて)、さらには明里にもその存在を独占させてくれる」 という最上の相手でした。これで明里が貴樹にのめり込まないわけがありません。 さらに貴樹との文通の開始は「彼女の方からだった」という点も大きなポイントです。彼女は転校先でも寂しさに耐えかねていた・・・・。 明里には貴樹が自分の世界の構成の全てだった。 貴樹が転校して、栃木と種子島に引き離されて「もう会うことが出来なくなる」。 その事は貴樹も明里も実際に再会する前から自覚しています。 それは「世界を破壊されるかのような衝撃」であったに違いありません。 だからこそ2人はお互いに相手にそれまでは伝えられなかった「相手に対する本当の気持ち」を伝えようと手紙を書いていました。 が、このお互いの手紙の意味は明里側と貴樹側では大きく異なっていた。 明里は貴樹ともう二度と会えないことを半ば覚悟していて 「私はこれからは、ひとりでもちゃんとやっていけるようにしなくてはいけません。」 と言い、さらには 「私も貴樹くんも。そうですよね?。」 と、それは貴樹も同じだと促しています。(自身が貴樹に依存していたように、貴樹も自分に依存していることを理解している。) そして・・・貴樹が自身を守ってくれた事への最大の感謝。 「貴樹くんがいてくれたからこそ、学校がつらい場所ではなくなった」と礼を述べ、 「貴樹くんが好き」というハッキリした意識・おそらくは初恋である恋心を認め、作中で唯一、貴樹に伝えることが出来た 「貴樹くんは、これから先も(私がいなくなっても)大丈夫だと思う。」 と今までとは逆に明里の方が貴樹を激励しています。 (それが、小学校4年生のときに出会ってから今までずっと自分のことを守り、自分の心を常に支えてくれた初恋の男の子に明里ができた、「せめてもの恩返し」であったのでしょう。) そして、ここまで読めば明里にとっての貴樹は「自分もそうなりたいと憧れるような存在」であったことが判ります。 明里は貴樹を最後の最後で安心させたかったのでしょう。もう容易には、下手をしたら二度と会うことが出来ないだろうから、貴樹を心配させたまま別れたくはない。 独りになるのは怖い。貴樹が傍にいてくれないのは心細い。でも、そんな気持ちを押し殺して、明里は貴樹に宣言してみせた。 「貴樹が傍にいなくても、たとえ自分の手を引いてからかいや嘲笑の視線の中から救い出してくれる者が誰もいないとしても、ちゃんと自分の力で立ち向かえるようになってみせる。そして、いつかは自分も貴樹のように強さと優しさを合わせ持つ人になります。」という意味。 手紙の内容は言わば「明里の(貴樹からの)独立宣言」です。 そもそも思い出して下さい。貴樹が鹿児島に転校することを知った明里の返事のセリフです。 明里:今度は貴樹くんの転校が決まったということ、驚きました。お互いに昔から転校には慣れているわけですが、それにしても鹿児島だなんて…。 今度はちょっと遠いよね。 いざという時に、電車に乗って会いに行けるような距離がなくなってしまうのは、やっぱり少し…ちょっと寂しいです。どうかどうか、貴樹くんが元気でいますように。 ↑アニメではこのセリフで明里は未練を感じつつもすでに貴樹を必死に振り切ろうとしている点に注意。貴樹がそれに気付いていないのが悲しい・・・・。 それと、貴樹の乗った電車が去った後、渡せなかった手紙を鞄から取り出した後の 「空を見上げた彼女の複雑な表情(貴樹との違い)」に注目! 彼女の前夜までの「少女の顔」から一夜にして(貴樹とのキス・そして一夜を共にしたことで)「大人びた顔つき」に変貌している点。 明里の上記の「複雑な表情」は 「私は二度と貴樹くんと会えない覚悟をしていたんだけど・・・・貴樹くんは違ったのかな・・・?(貴樹くんのほうは大丈夫かな・・・・?)」 という心配が現れたものでしょう。だから、なおのこと明里は手紙を貴樹に渡しておく必要があったのだが・・・それが出来なかった。なぜなら、彼女も貴樹と同じくあのキスで世界がそれ以前とは一変してしまい、「一人立ちしようという決意が揺らいでしまった」のだから。 (よって・・・それ以降もしばらくは文通は続いていたようである。) これに対して貴樹のほうは前述のように明里と会うのが最後になるかもしれない、もう彼女とは途切れてしまうだろうということを事前に認識しながらも、いざ明里と再会してしまった後のラストシーンでは 「手紙書くよ!電話も!」 「彼女を守れる力が欲しいと強く思った」などと、 明里とのキスで「2人はこれから先も一緒にはいられない」と悟っているにも関わらず、 明里はもう「貴樹に守ってもらうことを必要としていない」のに 逆に明里との繋がりをこれからも続けられると信じるかのように 2人を引き離そうとする流れに抗する道を選ぼうとしています。 貴樹も明里とのキスで「別れの決意が揺らいでしまっていた」・・・・。 仮にキスが無く、明里の手紙が貴樹の手に渡っていれば互いの気持ちが秘められる事もなく、貴樹は「安心して鹿児島へと旅立てたはず」である。 そして・・・その後も多分「付かず離れずの距離を保ちながら」関係は続いていったはずだ。 貴樹が傍にいなくても自分で何とかしていかなければいけないと覚悟している明里に対して、貴樹の方は全然明里に対して未練タラタラで、頑張れば奇跡的に(関係を)続けられるんじゃないだろうか・・・・?とすら考えていたようです。 (ただ、それも後述の理由を考えれば無理のない話で、貴樹を責めることは出来ないでしょう。) この両者の再会時の覚悟の違いが何年か後の「予想していた(手紙すらの)途絶のとき」が現実のものとなった後の2人の生き方に現れたのではないでしょうか。 そのときを覚悟していた明里は前向きに、覚悟が出来ていなかった貴樹は逆に内面に籠るようになってしまう。 そう考えると、明里の方はともかくとして、貴樹の方は明里からの手紙を受け取れなかったことが後々まで貴樹の人生に大きな影を落とすことになった。 貴樹の名誉のために言うならば、貴樹には明里から ・「転校を電話で告げられたときに、彼女を労わってあげることが出来なかった。彼女を傷付けてしまったことに対して負い目がある」 という点と、前述の手紙から想像する明里のイメージが ・「彼女を独りぼっちにさせてしまっている」 という二重の負い目を感じてしまっている点を忘れてはいけません。 だからこそ再会の後に「彼女を守れる力が欲しい」と強く願うに至ったのです。 これを考えれば、明里が貴樹を好きになったことが間違いであろうはずはありません。 明里にとっての貴樹は、初恋の相手として「これ以上はないくらいの、最上の相手」でありました。 そして、男の子ならば好きな女の子を泣かせたくない・守りたいと思うのは自然です。 確かに2人は「引き離されなければ、結ばれた可能性も限りなく高い」ことを否定できません。 小学校の卒業で心は離れていないけれど身体は離されてしまった2人は、互いに未練があって文通を始めました。 が、それも実質は「子供でもまだ何とか出会える(距離的な)範囲に貴樹がいた僅か数ヶ月の間だけ」の束の間の幸せ。 結局は2人とも「引き離されていくことを仕方のないこと」と受け入れなければならなくなった。(一応は、その流れに抵抗しようとはしていたのだが、最終的には呑み込まれた。) もしも・・・ ・2人の両親同士が仲がよく、交流が深かったとしたら ・2人に別に(2人の仲を取り持ってくれるような)共通の友人がいたなら 遠距離でもまた違った結末になっていたかもしれない・・・。 そういう意味ではやはり「貴樹も明里も、2人ともお互いの世界だけに引き籠り過ぎ」であった。 他者との関係を拒絶し、「2人だけの世界」に陶酔していたから、その世界がいざ存続の危機を迎えた時に、「支援してくれる第三者」が誰もいない・・・・・という状況に陥ってしまうのである。 ちょっと話が逸れますが、第1章「桜花抄」限定で非常に合うなと思うイメージソングを2つほど見つけましたので、よかったら聴いてみてください。 ・TRUNKのアルバム「HY」の最後の曲「Song for・・・」です。 明里の心情そのものを歌詞にしたとしか思えないです。驚きました!必聴です! さらに・・・おそらくは貴樹を振り切り、自身の道を行く覚悟が決まったときの彼女のイメージソングは ・the brilliant greenのシングル「Hello!Another way-それぞれの場所-」 でしょう。こちらも聴けば成程と思うはずです。 「手紙すらの途絶の理由」は、おそらくは自然消滅ではない。 ほぼ間違いなく「明里からの(一方的な)申し入れ」だろう。 貴樹に依存し、貴樹しか自身の構成する世界に人がいない状況からの脱却を彼女が望んだ故の新たな一歩が「貴樹との別れ」であったはずだ。 以後の彼女は第3章で見るように「いい意味で小学校時代とは別人のよう」だ。 決して明里が貴樹を嫌いになったわけではないことは「渡せなかった手紙をずっと保管していること」や、「結婚が決まった後にも貴樹を思い出していること」からもうかがえる。 イヤ・・・むしろ「婚約者以上に明里には貴樹は最愛の人」であるはずだ。(それが貴樹に取って「唯一の救い」か。) そして、最後に奇跡のように踏切ですれ違う。明里は・・・直前の表情から「当然に貴樹であることを直感している。」 しかし、電車が通り過ぎた後に明里の姿はなかった・・・・。 明里が本当に貴樹のことを振り切っているなら、笑顔で貴樹と出会えたはずだ。 振り返りながらも、その場を逃げ出してしまったのは・・・・・まだ貴樹の事が好きだからだ・・・・。 十数年ぶりの邂逅に大きく動揺したのは貴樹の方ではなく、過去を振り切ったはずの明里のほうだった。 これは「今度は明里のほうが貴樹に代わり、悩み苦しんでいくことを示唆」している。 おそらくは明里がそれを乗り越えた際にこそ貴樹と明里は笑顔で 「真の意味での再会を果たす」のですよ。 「貴樹が安心できるような明里」と、 「明里があこがれ続けた貴樹」 になって再会するのです。 でも・・・それにはまだまだ時間が掛かる。まだその時期ではないのです。作中では貴樹だけが膨大な時間を囚われ続けたように感じますが、明里は「ラストシーンの後に苦しむのです。」明里だけが楽をするわけではありません。(←下手したら「離婚危機」くらい普通にいくかも。) 男女の仲は 「お互いが好きと言うだけでは結ばれられないもの」なんだろう。 しかも 「最愛の人と結ばれた後は必ず幸せか」と言うと、それもまた違う。 明里は「最愛の人と結婚したというわけではない」事を付け加えておこう。貴樹のために。 現世では結ばれることは出来なかったけれど、2人がお互いを愛し信じた事実は紛れもない「真実」だった。 ただ・・・貴樹と明里の場合、小学生の中ごろの段階ですでにそういう「恋や愛すらも超越する存在」と出会えてしまったところに悲劇があった。 おそらくはそういう感情を知るには「適齢期」というものがあるはずで、小学生のうちにすでにそういう心情に至った貴樹と明里は・・・・やはり早過ぎたのです。 ほぼ確実に「貴樹と明里の同級生たち」は誰も知らない感情であろうものを知ってしまった2人は・・・他者との交流を拒絶したままに「2人だけの世界に引き籠る」しかなかったことが残念でなりません。 苦難を乗り越えて結ばれ、「生まれた子供にかつての自身を重ねて目を細める2人」、「特別な想いとは何なのかを教えてあげる2人」が・・・見たかった・・・・・。 物語のラストから十数年後、貴樹の娘(女の子が生まれれば貴樹はおそらくは「明里」と名付けるはず)と明里の息子(男の子を生めば、明里は「貴樹」と名付けたがるはず。)が出会い結ばれていく・・・っていう展開はあり得なくないと思う。(ラストのこれからも2人の絆が続きそうな引きから) 実に貴樹と明里の出会いから半世紀を経て「2人の血がひとつになるような」お話。 叶わなかった2人の想いを2人の子供たちが叶えるような、 一旦はドン底に落ちてからの起死回生ともいうべき「ハッピーエンド」。 皆さん。バッドエンドに非ず。新たなるスタートラインを指し示したラストシーンです。 「2人の絆はまだ途切れてはいないかもしれませんよ。」 |
| もう一度あの2つに分かれた道へ戻れるとして 評価: |
| 新海誠監督のアニメ映画、秒速5センチメートル。それを監督本人が小説化した。 元が一時間少々の短い映画なので、本作も読了にそれほど時間はかからない。 およそ説明的な台詞が存在しない原作映画ゆえ、行間を埋める本作は貴重。 原作である映画の特徴として、 台詞は多いが、心情の決定的な変化は台詞で説明されない、というものがあった。 ほぼ絵のみで話が進み、観客がそれを解釈するので、同じ場面を観ても 観客はそれぞれ、少しずつ違う感慨を持つ。 一方本作はすべて文章で描かれるので、状況がより分かりやすくなっているが、 あとがきで監督自身が述べているように、映画と小説が全く同じということは無い。 もちろん監督が意図的に変えた部分も多いだろうが、小説は一人で書くのに対し、 映画は絵、天門氏による音楽、声優の演技、山崎まさよし氏(とリンドバーグ)の歌 という他の一流の仕事と新海監督の仕事の微妙なバランスで成立する。 これにより、変わってしまったという要素もある。 本作は言わば新海誠という素材を味わう材料である。 映画を観てから読んでも良いし、本作で興味を持ったら映画を観ても良い。 その度ごとに新たな発見があるだろう。 ところで、監督の文章についてだが、癖があるものの、意外なほど達者である。 ただ、作品自体、自らの青春時代の甘酸っぱい思い出にピンポイントで触るものなので、 それに耐えられない方は本書を読むのを控えるのがよろしかろう。 |
| この人はすごいなぁ〜と何度も思いました。 評価: |
| 僕は映画を見てからこの小説を読みました。 映画でも感動しましたが小説でも感動させられました!! 簡潔に表現されてた第3話が詳しく説明されていて嬉しかったです。 あとがきでも新海さんが言ってたように小説読んでから映画を見るも良し!映画を見てから小説を読むのも良し! ぜひまだ見てない読んでない人は見てみて下さい。 |
| 秒速というこころのゆらめき、、、 評価: |
| 新海氏のものは見ても読んでもこころにしみわたってくる。 多くの言葉は必要でなく、感覚的に想像力で人は救われたり 傷ついたりするのであろう。生き物の輝く一瞬が読者を安心へと 導く。ぜひお買い求めになってお読みください。 推薦いたします。 |
| 読んでる途中に例の曲が頭の中で流れます 評価: |
| 私も他のレビューの方の例にもれず劇場で『秒速5センチメートル』を 見た後に、本書を読んだ。 小説版も映画版と構成はまったく同じで 第一話「桜花抄」 第二話「コスモナウト」 第三話「秒速5センチメートル」 の三話からなっている。ただ大きく違うのは第三話で、映画は簡単に 働きだしてからの主人公の生活・明里の様子が描かれ、後半は山崎ま さよしの「One more time, One more chance」が流れる中、ほとんど 台詞がはさまれず映像だけで進んでいきます。小説版は詳しく主人公 ・遠野貴樹のその後の生活が描かれている。たぶん、劇場版ではここ までくるともう細かな話はいらないということで、引き算をして効果 的な演出にしたのだろう。 どちらが良いかというよりも個人的には小説版の話を全部知っておい て劇場版を見るのがいいのではないかと思う。 すごく良いなと思ったのは、主人公視点で話が進む第一話、澄田花苗 の視点で話が進む第二話、そして、主人公視点を中心としながらとこ ろどころに篠原明里視点が挿入されている第三話、この構成である。 主人公の心理描写でやや重い(堅い?)言葉が使われているので、第 二話の篠原明里の素朴な心理描写との対比が素晴らしい。 170ページ弱の量とはいえ、おそらく全部が主人公視点だったらきっと 重くて読めなかっただろう。 最初に映画をみたときに、本作のキーワードは「別れ」だと感じた。 だが、小説版を読むとむしろ「出会い」や「新たな始まり」といった 言葉が思いついた。 |
本>ジャンル別>文学・評論>文学・評論 全般>
本>By Publishers>メディアファクトリー>
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