■萌の朱雀
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カスタマーレビュー:
購入者の平均評価:
| さらさらと流れる山奥の清流のような心の中の情景 評価: |
| 映画監督はこの作品を撮ったときとても追い詰められていたのではないかなと思う。内的な極度の緊張の中で、よい仕事をしようという強い意志だけに突き動かされて撮られたような感じがする。穏やかな情景と素人を中心とした少しぎこちない演技の背後に、純粋すぎて危険を感じさせるような雰囲気を感じ取ったからだ。 物語は山奥の家族を中心にして展開される。幸せに暮らしていた家族の歯車が少しずつ来るっていき、結局、離れ離れになってしまう。 家族の父親役を演じた國村隼の寡黙で孤独な男の演技がすばらしい。劇中の彼の心の中という演技の部分に映画監督の気持ちが現れているような気もする。もちろん、26歳の監督と4,50代の男の感じ方というのは違うのだが、「これをしなければならない」という切迫感だけに限定すれば共通したものがあると思う。 さらさらと流れる山奥の清流のような印象の映画。清流を2時間眺め続けるときに心の中で流れている音楽を映像にしたら萌えの朱雀になりました。という風に説明されても納得できてしまう。 |
| 繊細にエロティック 評価: |
| 日本人なら誰でも感じ、心の中で各々が大切にする、 どこにでもある風景、細やかな密度の空気、木漏れ日の記憶、 つかもうと思うと逃げてしまう。捉えられるのは「詩」だけ。 そういう「あの感覚」を、 男性で、音楽で表すと坂本龍一になって、 女性で、映像で表すと河瀬直美さんになる感じ。私にとっては。 1997の公開当時、 ハリウッド的ざっつえんたーていめと視法で見始めてしまった私の目には、最初わかりにくかった。 それでも細やかな空気の描写が忘れられなく、 夜の止まり木で泣く少女と対峙する青年のシーンなど、大切な感じがして繰り返し観たりした。 尾野真千子さんばかりクローズアップされているようだが 妻役の女性に魅了されてたまらない。 あの日本人女性ならではの品、ものごし、口調、適度にいそうな村の美人さ加減。たまらない。 バイクにのれる?と聞かれ、「のれるよ」と応えるあの物言い。悔しいくらい可愛い。 河瀬直美さんの生い立ち自身が、この映画の大切なプレリュード。 幼い頃両親が離婚し親戚の家で育ちその後養女に。 フランス人に受けたとしても河瀬直美さんは外国向けに日本的映像を押し付けた訳ではないし、意図もしていない。 最初前評判だけ聞いた時は「青いパパイヤの香り」と同じ理由でフランスに受けたのかと思ったが、全く違う。 河瀬直美さんの現在の夫君と話す機会があり、思い出したように再度見てみた。 最初見た時にはわからなかった細やかさを今回ちゃんと受け止められ、繊細な快感に脳みそがぼうっとなった。 邪道なのですが私にとってはとても扇情的な映画です。こういうエロティシズムが好きなもので。 妻役の女性のたまらなさもたまらん、のですが、 冒頭でえいちゃん少年の下半身が初登場するシーン。 半ズボンから伺える少年の股間のしわ加減から始まり、 私にとって全編(笑)、(すみません・・・)、非常に繊細にエロティック満載な映画です。 日本にしかないから。あの細やかな感覚の密度。 |
| 映像が先、物語はあと 評価: |
| 徹底してストーリーの分かりやすさを拒絶した映画です。 でも退屈はしません。情感のにじみ出るシーンがいくつもあるからです。ファーストシーンの台所でのおばあさんと嫁の後姿、老人ホームへ行くことになった隣家のおじいさんの深々と下げられた頭、泣きながら坂道を降りていく嫁。 河瀬監督は、いつか見た情景、脳裏に焼きついて離れない場面を映像化したかった、そしてそれらをつないで一応のストーリーをつけたんではないかと思います。ストーリーに収まりきらなかったシーンを遺留品の8ミリフィルムに焼き付けたのではないか。それらを観客と共有したかったのではないかと。 忘れられないシーンがあったら、監督の狙い通りです。 |
| 初心の映画 評価: |
| 弱冠26歳でカンヌ新人監督賞を受賞した劇場映画第一作目。 映画技法としてはかなり未熟な点もあるが、その込められたその想いがじわじわと伝わってくる秀作。 吉野の山村に住む高校生みちると、その父母と祖母、父の姉の息子、が主な登場人物で、 物語は考え込むような複雑な心理劇ではなく、意外に素直に入り込める。 ただ、何気ない台詞を少しでも聞き逃すと、人物の関係や物語の結節点がやや分かり難くくなる。 この点がこの映画を見るときのポイントになるのかもしれない。 最新作「殯の森」の主演女優・尾野真千知子が演じる高校生みちるが初々しく、父親役の 國村隼も寡黙で孤独な人生を生きる父親を的確に演じている。 素人の俳優が中心になっているため、よく見るとぎこちなく見えるシーンも多々あるが、 そもそも河瀬監督は俳優に「上手く演じさせる」というスタンスを採っていないので、 それが解ればこの映画に対する見方はすっかり変わる。 訓練や演出の追い込みによって役者の演技を引き出すのではなく、その瞬間のリアリティー を最大限に抽出しようとする直感的な意思を感じさせるタイプの監督なので、ふっと表れる その場の空気を非常に大切にしている、ということが映像からも伝わってくる。 そういう意味で河瀬監督は、細部を丁寧に作り込む現実的な技巧派ではなく、いわば 「映像の向こう側」にあるものの比重が大きく、独自の世界を持っていることが分かる。 映像は「目に見える世界」がすべてだが、観客はそれぞれの心のスクリーンに その映画を写し換えて見ている。 それぞれの人の想いが投影されることによって、ようやく映画は完成する。 映画の時間は観た人の中でそれからも続いていく。 自分にとっていい映画とはそういうものではないだろうか。 |
| 喪失と無常 評価: |
| ひとつの家族の朝の光景がはじまる。 釜戸のある土間、やがて朝の食卓が、丸いちゃぶ台に揃う。 開け放たれた障子と窓の向こうに、視界を遮るものなく悠然と緑の山肌が見渡せる。 家族は常にこの風景と共に暮らしている。 しかし、この映画の家族の静かな暮しは、過疎という時間の進行からも、やがて解体へと進むのだが。 台詞が抑制され、物語は極端に感じられる寸前まで説明描写を避けて省略の形をとっている。 そのぶん観客は集中力と静かな観察眼が必要だ。己の雑念を排して映画を凝視していなくてはいけない。 「省略」がとっても大好きなぼくも、この登場する家族の関係も、時間の経過も、読みとり、想像力でついていくのに、ちょっと労を要した。 しかし、物語は元来曖昧なままで観続けていて良い場合も多い。はっきりと説明されるものであれば、映像として感じとっていく観客の力はいらないだろうから。 音の繊細さ脆弱さ、物語が寡黙な表情で語られるようなフイルム映像を堪能するには、静かな環境がこちらも必要だ。 ドキュメンタリーを思わせる感触ではじまるのだけれど、やがてひとつの家族の物語が愛おしく大切に語り終えられていくのを感じる。 やがて不在となる父親、不在その後のそれぞれの家族の、その思いが静かで悲しくて、解体していく家族のかたちが儚くて、とても切ない。それは「無常」という思いの姿、域までも感じさせる。 思えば、この映画の描く喪失感にも、静かに耐えていくような、おばあちゃんの姿も心に残る。 |
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